なまえ: Hisataka
じゅうしょ: 140°34′E/40°15′N
大きな地図で見る
うまれたのは: 1975
BCLをはじめたのは: 1985
初めて外国からの電波を聴いたのは、10歳の時。
モスクワ放送と北京放送がラジオカセットから聞こえてきました。初めは外国からの放送だとは思わなかったです。
次第に、中国とシベリアから飛んでくる電波だと気づきました。
この頃からラジオの製作を読み始めました。廃刊になるまで本屋さんが毎月配達してくれました。
中学生になると、あちこちの放送を聴くようになりました。中学高校時に毎日聞いたのはラジオオーストラリアと太平洋の声です。 ラジオオーストラリアの日本語放送は廃止になった後は太平洋の声ばっかし聴いてました。「ひさのすけ」なんていうネーミングでハガキをせっせと書いていました。不思議なもんで太平洋の声ばっか聴いていたせいか、高校3年の時に洗礼を受けました。神の導きは不思議です。
QSLカードは中学生の時から集めるようになりました。当時使っていたラジオはSONY製のICF-7601で、デジタル表示ではないラジオでした。いつかはデジタル表示されるラジオが欲しいと思っていたんですが、高校生になるとアマチュアラジオを始めました。HFのリグを持つようになり、ゼネラルカバレッジの無線機でBCLをするようになりました。 電信を覚えると、BCLどころではなくなり、電信でのDXQSOや、コンテストにはまりました。
CWをやりながら時々BCLで遊ぶ、というスタイルにかわり、最後はBCLで遊ぶスタイルとなりました。
アマチュアラジオのコールサインは失うことなく、今も免許されていますが、電波を出すことは滅多に無くなりました。 時々、430MHz帯でローカルラグチューをするぐらいです。





最近のコメント・トラックバック